くりりんの着想日記-新時代のじゆう論-

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LGBT制服はトランスジェンダーのための根本的解決策ではない #LGBT制服

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はぁぁぁぁい、こんにちはー!
最近話題のLGBT制服について語ってみようと思う。
LGBT制服っていうのは、性的少数者とくに「T=トランスジェンダー」向けに、
「こころの性別に従った制服を着ていいよ!」とする制服の新たな許容性の動きなんだけど‥‥これって、根本的解決策になってないんだよね・・・

LGBT制服はトランスジェンダーのための根本的解決策ではない

 LGBT制服の導入が広がってきていますね!!!
それはいいことなのですが…!!!

  本当に制服によって誰が困るのか?制服は必要なのか?
LGBT制服は本当に有効なのか?これらを書いておきました!

 

制服は「男女を明確に区画する」シンボルである。それによって困るのは、おもに「T=トランスジェンダー」である。

そもそも教育現場における制服というのは

・男女を明確に区画するシンボル
・「学生」アイデンティティーのシンボル
・制服業界の既得権益

 
という側面があるのだが、LGBTにとって、何が問題なのかというと、

「男女を明確に区画するシンボル」という点なんです。


男性であればズボン・スラックス、女性であればスカート。
とくに女性用制服に採用される「セーラー服」というのは、学生用制服以外で採用されていることはほとんどなく、女子児童たちを「女性である」と明確に区画しています。

中でも、ことネイティブ性別とこころの性別が異なる、トランスジェンダーにおいてはこの「明確な性別区画」によるストレスがものすごく大きいのです・・・。


なので、制服によって困るのはトランスジェンダーなので、LGBT制服というのは、「トランスジェンダー制服」なんですよ。

ネイティブ女性(生まれた性別は女性)でありながらこころの性別は男性であるトランスジェンダーにとっては、セーラー服の着用はものすごくストレスを伴います。
「私は男性なのに…社会から女性を強制的に押し付けられる」わけですから・・・。

ネイティブ男性で、こころは女性であるトランスジェンダーにとっても同様です。
「私は女性なのに…セーラー服を着用できない…スラックスを着用させられて、社会から男性であることを強制させられる…」となるわけです。

 

 

トランスジェンダーにとって、制服が持つ
「男女を明確に区画する」役割が非常にストレスになってるわけですよね…

 
そもそもLGBT制服というよりもトランスジェンダー制服なんですよ。

 

性差のある制服ありきの議論のなぜ。性差のある制服自体がなくなってしまえばいいのではないか?LGBTだけの問題ではない「性差のある制服の弊害」

であれば、シンプルに、そもそも性差のある制服なんて不要なんじゃないの?なくしちゃえばいいじゃんと思うわけですよ。

 

 ・男女を明確に区画するシンボル
→男女2分ジェンダーでよって社会が効率的に動いていた時代の名残

もし制服ありきの議論だとしても、男女で特徴を分けなくてもいいのでは?
男女ともにスカート、あるいは男女ともにスラックスでいいのではないか?

 

 かつて体操服も、男性はハーフパンツ、女性はブルマーでしたよね。
それが今は撤廃されて、男女ともにハーフパンツになったわけですよ。

体操服に性差はなくなりましたよね。



でもいまだに制服には性差がほとんどの学校で存在してるわけですよ。

制服ありきの議論だとしても「性差のない制服」にすりゃいいのに、なぜ・・・?

男女ともにスラックスの「性差のない制服」にすりゃいいじゃない?
それか、制服自体を撤廃すればいいわけですよ。

 

「制服」自体がLGBT当事者ではない生徒にとっても弊害を及ぼしているのですよ・・・。


・貧困家庭にとっては制服代は非常にコストが高い
→おさがりの制服を購入できるようになってきているものの、すべての貧困家庭が利用できているわけではない


・成長期の体型変化前提の制服を購入する意味がわからない
→成長期なので、初期は、極端に大きい。予想以上に成長すれば、小さいものを使用し続ける。成長期の体型変化を前提とした購入を行うのが通例になっている。

 

なぜか、「制服が存在することを前提とした議論、解決策」になっているではないか・・・

なぜ・・・?

制服業界の既得権益のためなのか・・・?

 

制服というのは非常に高価なものです。そしてなぜか入学と同時にバーター取引かのように「当たり前かのように」制服を購入させられますよね・・・
その市場規模、年間約400億円。

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学生服製造業(衣類)|フィデリ・業種ナビ


そりゃ、こんなおいしい業界はないわけですよ。
入学時期の3月4月だけで、年間の売り上げを稼いじゃうわけですから・・・
そりゃ絶対に制服業界はこの売り上げを手放したくないですよね!


LGBT制服自体も、性差のある制服があることを前提とした解決策になっているのです。

 

那覇高校は3学期から、性別に関係なく、ズボンやスカートなど制服を自由に選べる制服選択制を導入する。LGBTなど性的マイノリティーへの配慮や利便性を理由に挙げる。制服選択制の導入は沖縄県内では2校目。学ラン、セーラー服使用校では全国的にも珍しいといい、関係者は「制服で悩む子どもたちが前向きになれれば」と期待している。

那覇高校は3学期から、性別に関係なく、ズボンやスカートなど制服を自由に選べる制服選択制を導入する。LGBTなど性的マイノリティーへの配慮や利便性を理由に挙げる。制服選択制の導入は沖縄県内では2校目。学ラン、セーラー服使用校では全国的にも珍しいといい、関係者は「制服で悩む子どもたちが前向きになれれば」と期待している。
那覇高校は3学期から、性別に関係なく、ズボンやスカートなど制服を自由に選べる制服選択制を導入する。LGBTなど性的マイノリティーへの配慮や利便性を理由に挙げる。制服選択制の導入は沖縄県内では2校目。学ラン、セーラー服使用校では全国的にも珍しいといい、関係者は「制服で悩む子どもたちが前向きになれれば」と期待している。

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/368001

 那覇高校も「ズボンかスカートか」でしょ?

 

近年では、生まれながらの性別にとらわれない生き方が見直され、同性の結婚や、結婚と同様の権利を認める動きが出てきていますね。
来年の春から高石市の公立中学校は、性別に関わらず生徒が自由にスカートやスラックスを選べるようになるそうですよ。

https://kanku-area.goguynet.jp/2018/12/17/seifuku/

 高石市のニュースも「ズボンかスカートか」なんですよ…

「性差のある制服を前提とした」解決策なんですよね。

 

性差のある制服そのものをなくしてしまえばいいじゃん!!!!

性差のある制服さえなくしてしまえば、少なくとも「男女を明確に区画するシンボル」はなくなるので、トランスジェンダーの「制服によって発生するストレス」はなくなるのですから・・・


今のところのLGBT制服は「性差のある制服」前提の議論になっていることは重要なポイントです。そのうえで…

 

 

すべては「親の理解」で決まる。LGBT制服が普及しても、「親の理解」がなければネイティブ男性はズボン、ネイティブ女性はスカートを選択し続ける。

 性差のある制服ありきの議論で考えたとしても。LGBT制服はトランスジェンダーにとっての根本的解決策にはなりえないんですよね…

結局、親の理解がなければ何も始まりません。

トランスジェンダーが悩むのは、

・自分がほかの人とは違うので「おかしい」のではないか?と悩む
・親に打ち明けられず、親に理解が得られない場合も多い


んですよね。
親に打ち明けても場合によっては怒られたり、矯正治療させられたりする子もいます。

結局は、「男女2分ジェンダー前提」の環境で育った親が、トランスジェンダーの子供を理解してあげられるのかどうか?

が非常に重要なのです。


LGBT制服導入は親の理解を進めるきっかけになる点では非常に有効です。
現に、LGBT制服の導入によってトランスジェンダーの存在も随分と認知されてきています。しかし、LGBT制服を導入しただけでは、トランスジェンダーの苦しみはなかなか変わりません。
結局トランスジェンダーを子供に持つ親の理解をバックアップする部分まで踏み込まないと、トランスジェンダーは救われません。

 

たとえば、トランスジェンダーと学校と親の3者面談を積極的に行うなど、
トランスジェンダーの「カミングアウト」と「親の理解」を学校がマッチングさせる場所になるなど、結局は「親の理解を得る」部分まで踏み込む積極的なしくみがなければ、LGBT制服を導入したところで、それは絵に描いた餅にしかすぎません。

 

未来の制服論。性差のある制服を撤廃せよ。それか、男女ともに春夏はスカート・秋冬はズボン/スラックスでいいのでは?

性差のある制服を前提としたLGBT制服であっても、親の理解が得れれば、トランスジェンダーは救われるかもしれませんが、
とはいえ、そもそも、なぜ教育現場において、「性差のある制服」がなければならないのか?と考えると、特に理由はないわけですよ。

「制服」という点だけでいえば、

・「学生」アイデンティティーのシンボル

という理由があり、それは「学生である身分を明確化する」という合理性はあるけれど、そこに「性差がある」理由はないわけですよ。

現行の「性差のある」LGBT制服では、「女性がズボンをはくのはOKで、男性がスカートをはくのがNG」になりがちな社会においては、「ネイティブ男性・こころは女性」のトランスジェンダーは、周囲からの理解も得づらい可能性も待ち受けているわけです。

 

元々制服に「性差がない」のであれば、それでいいわけですよ。
制服に性差をなくすことで、トランスジェンダーの問題が解決するわけではありませんが、少なくとも「制服によって起こるトランスジェンダーのストレス」はなくなります。


そもそも、「男=ズボン/女=スカート」というのが、教育現場の「性差のある制服」によって人々に生み出される壮大な思い込みなのではないでしょうか?


なぜ女性だからスカートなの?なぜ男性だからズボンなの?
男性がスカートはいたらおかしいの?女性がズボンばかりはくのはおかしいの?
こういうのって、「慣れの問題」なんですよ。

結局、教育現場においていまだに「性差のある制服」によって、男性=ズボン/女性=スカートという刷り込みが行われているから、社会全体がそうなっている側面もある気がするのですよ。

 


制服にもはや性差は必要ないはずですよ。本当にLGBTも生きやすい社会を作るというのであれば、LGBT制服は、性差のない制服にすべきなんです。そして、「男性はズボン、女性はスカートという思い込みを破壊する」ことにあります。

 

とすれば、制服は、

春夏は男女ともにスカート、秋冬は男女ともにズボン

でもいいのではないかと思います。

そうすれば、

・男=ズボン・女=スカートという思い込みを破壊できる
・春夏の暑い時期はスカートという通気性のある制服を男女ともに、秋冬の寒い時期はズボンという保温性のある制服を男女ともに、と生育面においても合理的

 

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まとめます。

・LGBT制服はトランスジェンダー制服である。
・性差のある制服前提の議論になっているが、
・そもそも性差のある制服自体をなくしてしまえば、トランスジェンダーの「制服」によって生み出されるストレスはなくなる
・性差のあるLGBT制服が導入されても、親の理解がなければ意味がない
・親とトランスジェンダーと学校が理解を深められる積極的なしくみが必要
・未来の制服はやはり「性差のない制服」であるべきだ!

 

本日はここまで!
seeya♡ be luckey♡

 

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